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小田原 新道 隅屋敷

12月15日

 

   新 道

 

 この道は、小田原城三の丸掘沿いの道で、文化十四年(1817)

小田原の大火のとき逃げ道がなくて多数の焼死者が出たことから

新たに道が造られたので新道といった。西の出口は箱根口へ、

東は宮前町盪ゾ譟覆海Δ気弔弌λ詆椶遼[瓩覆匹魴納┐垢訃貊蝓

の北側に通じている。

 

 

 隅 屋 敷

 

 

 小田原城の二の丸と三の丸の掘に挟まれた場所は、江戸時代には

藩の重臣たちの、長方形の区画の屋敷が並んでいた。しかし、

南西角のこの地だけは、三の丸の掘が曲折するため方形にならず

三角形の土地になり、屋敷地としては軽視された。そのため稲葉氏が

城主の頃には細分して足軽の住む割屋敷とした。大久保氏時代の

文政年間(1818〜29年)には五軒ほどの藩士の住まいがあった。

 

 

 す み や し き

 

at 05:09, blogokmy, 箱根旅行

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