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小田原城 二の丸東掘

昨年3月7日

 

10時48分 小田原城のお掘りに着きました。

 

 

  二 の 丸 東 堀

 

 

国指定史跡小田原城跡

 

  二 の 丸 東 堀

 

                  指定 昭和13年8月8日

 

 小田原城は、江戸幕府の三代将軍家光の乳母、春日局の子稲葉正勝

が寛永9年(1632)城主になると、大規模な工事が行われ、石垣を備え

る近世城郭として整備されました。

 二の丸東堀は、本丸・二の丸を守る堀の中でもっとも大きなもので、

幅は最大で約40mあり、現在よりもさらに北に約60m先まで続い

ていました。また、西は常盤木橋、南は、南曲輪の前までつながってい

ました。

 現在の石垣は、大正12年(1923)の関東大震災で崩れたものを昭和

初期に復旧したものですが、右の写真のとおり、江戸時代の石垣は今

のものよりも高く、二の丸の石垣として威厳のある姿を見せていまし

た。

 なお、震災直後、一時この堀を埋め立てる計画がありましたが、小

田原保勝会が中心となって保存運動を起し、その結果二の丸東堀は、

今日までその姿を残すことができました。

 

                    小田原市教育委員会  

 

 

      文久図(江戸時代末期)

 

 

    明治36年頃の二の丸東堀

  (絵葉書「相州名所 小田原城址 御用邸」)

 

at 04:34, blogokmy, 熱海旅行

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